会務NEWS Vol.653
災害対策委員会
委員 川合 芙実
先日、第20回災害復興支援に関する全国協議会に参加させていただきましたので、そのご報告をさせていただきます。
一日目、現地視察として原発事故の除染土壌等の中間貯蔵施設を見学するため、いわき市からバスに乗り、双葉町、大熊町に向かいました。
ガイガーカウンターをご存じでしょうか。管に入射する放射線量を測定することによって、周囲の放射線量を測定する放射線計測器のことです。放射線が管に入射するたびに、「ピッ」という音が鳴るようになっています。いわき市を出発した時点では心臓の鼓動よりも遅かったガイガーカウンターの音は、中間処理施設に近づいていくごとに早くなり、帰宅困難地域に差し迫る頃には、ついに鳴りやまなくなっていました。
これだけ鳴っている地域でも身体的な安全が保障されていることは、何度も説明を受けました。なので、頭の中では安全だということは分かっていました。しかし、ガイガーカウンターの音が早くなると同時に、私の鼓動も早くなってしまいます。頭では安全と分かっていても心が危険信号を出しているのだと感じました。これが、放射線という目に見えない恐怖を前にした人間の反応なのだろうと思います。
中間処理施設では、除染で発生した土壌や廃棄物が一時的に保管されています。そして、除去土壌を道路の盛土として再生利用ができないか実験が行われています。実験が行われている土地に降り立ち、実際に放射線量の測定を行ってみましたが、放射線量は基準値以内でした。
除去土壌等は2045年までに福島県外で最終処分されることが法律上明記されています。そのリミットまであと19年。私たちの住むどの地域も選択肢に入っています。しかしながら、私たちの誰もが、自分の住む場所で受け入れることは想定していないのではないでしょうか。既に述べたように、再生利用実験において安全性は証明されていますが、安全だと分かっていても説明できない抵抗感があります。安全だと分かっていてもガイガーカウンターの音に反応してしまうのと同様に、除去土壌を受け入れることに対しては、どうしても抵抗感を感じてしまいます。きっと、除去土壌の受け入れ問題を解決するのに必要なのは、理屈上の安全ではなく、心の安心なのだろうと思います。
2日目の報告の中心は原発ADRについてでした。原発ADRは、被害者の早期救済のために利用されてきましたが、東電の和解案受諾義務が大きな役割を果たしていました。しかしながら、東電社員の家族に対する損害賠償請求に関し、東電は受諾義務に違反するようになり、原発ADRは機能を失っていったそうです。東電社員の家族に対する損害賠償を争った先生が、「東電社員の子が、『お父さんが東電の社員だなんて言えない』と言っていて、それを聞いて自分がやってあげないといけないと思った。」と涙ながらに語っていました。先生の熱い気持ちに驚くと同時に、これほど熱くさせた被害者の言葉の重さに、衝撃を受けました。
報告をしてくださった先生の中には、災害当時、弁護士3年目や1年目、さらには修習生だったという方までいらっしゃいました。弁護士として約一年を過ごしても、私はまだ右も左も分かっていません。災害でさらに分からないことだらけの中で奮闘された先生方には頭が下がる思いです。一方で、若者だから、経験がないから、こんな言い訳をしたところで、自然災害は待ってくれないということも感じました。災害の前に言い訳はできません。今災害が来たとして、私は言い訳をせずに立ち向かっていけるのでしょうか。ただ、やるしかないのだろうとも思います。弁護士として私は歩み始めたばかりですが、「明るく・楽しく・しつこく」歩みを進めていきたいと思いました。